9月24日(火)21:00放送の「ザ!世界仰天ニュース」では、2016年に横浜市の旧大口病院で発生した連続殺人事件が取り上げられます。この大口病院連続点滴中毒死事件では、元気だった患者が次々と不可解な症状で急死し、わずか3ヵ月で48人もの命が奪われました。
久保木愛弓(くぼきあゆみ)被告(出典:tokyoweb)
この悲劇の背後には、当時病院で勤務していた一人の看護師、久保木愛弓被告(現在37歳)の存在がありました。今回はこの事件と彼女の生い立ち、そして彼女がなぜ死刑判決を免れたのかについて考察していきます。
久保木愛弓被告が死刑判決を受けなかった理由
更生の可能性と精神状態
東京高等裁判所は、久保木被告に更生の可能性があると判断しました。彼女の行動は自閉スペクトラム症の特性に起因しており、対人関係の苦手さや問題解決能力の欠如が影響していることが認められました。
勤務内容の相違
久保木被告が当初きいていた「自分でも務まる」と思っていた大口病院の勤務内容が、実際は違っていた点が考慮されました。
反省の態度
裁判中、久保木被告は自身の行為を深く反省していることを示しました。彼女は「死んで償いたい」と述べるなど、真摯な態度を見せたことが考慮されました。
永山基準
日本の司法では、死刑を適用する際に「永山基準」(ながやまきじゅん)と呼ばれる基準が考慮されます。この基準では、動機や結果の重大性、前科、犯行後の情状などが総合的に判断され、今回のケースでは死刑に至るほどではないと判断されました。
永山基準とは
永山基準は、日本の裁判で死刑を決めるときに使われる基準です。これを簡単に説明すると、裁判官が「この人は本当に死刑にするべきか?」を判断するためのチェックリストのようなものです。
- 犯罪の性質: どんな悪いことをしたのか。
- 犯行の動機: なぜそんなことをしたのか。
- 犯行の方法: どれだけ残酷な方法で行われたか。
- 結果の重大性: どれだけ多くの人が被害を受けたか。
- 遺族の感情: 被害者の家族がどれだけ悲しんでいるか。
- 社会的影響: 社会にどれだけ大きな影響を与えたか。
- 犯人の年齢: 犯人が何歳だったか。
- 前科: 以前にも悪いことをしたことがあるか。
- 犯行後の態度: 犯行後にどんな態度を取ったか。
これらのポイントを総合的に考えて、裁判官は「この人は死刑にするべきかどうか」を決めます。
久保木被告に永山基準を当てはめると
久保木愛弓被告のケースを永山基準に照らしてみると、以下のような判断がなされました。
- 犯罪の性質: 看護師としての立場を利用し、患者の点滴に消毒液を混入するという悪質な手口でした。
- 動機: 自分の勤務中に患者が亡くなると家族への説明が面倒だったという身勝手な動機でした。
- 犯行の方法: 計画性があり、点滴袋に消毒液を注入するという方法で行われました。
- 結果の重大性: 3人の患者が死亡し、その影響は非常に重大でした。
- 遺族の感情: 遺族は非常に強い悲しみと怒りを感じており、死刑を求める声もありました。
- 社会的影響: 医療現場での安全性に対する信頼が大きく揺らぎました。
- 年齢: 犯行当時、久保木被告は29歳でした。
- 前科: 前科はありませんでした。
- 犯行後の態度: 反省の態度を示し、更生の可能性があると判断されました。
これらの要素を総合的に考慮した結果、裁判所は死刑ではなく無期懲役を選択しました。特に、久保木被告の更生の可能性や反省の態度が重視されたことが、死刑を回避する決定的な要因となりました。
大口病院連続点滴中毒死事件の詳細
この大口病院の点滴連続殺人事件は、医療現場での信頼を揺るがす深刻な犯罪でした。次に、事件の発覚からその経緯を詳しく見ていきましょう。
旧大口病院は現在は「横浜はじめ病院」となっています(出典:diamond online)
事件発覚
この事件が明るみに出たのは2016年9月のことでした。入院患者の点滴に消毒液「ヂアミトール」が混入され、中毒死が相次いで発生。久保木愛弓被告は、9月15日から19日の間に患者の点滴に消毒液を混入し、同月16日から20日にかけて3人を殺害したとされています。
事件発覚のきっかけとなったのは、9月20日に入院患者の八巻信雄さん(88歳)が急変し死亡したことでした。このとき、点滴袋に泡が発生していたのを別の看護師が発見し、異物混入が疑われることとなりました。
被害者の数
公式に立件されたのは3件の殺人ですが、同時期に48人もの患者が死亡しており、その多くが不審死とみなされています。捜査が進展したのは、ナースステーションに残されていた点滴袋の調査や、防犯カメラ映像、同僚の証言などから、久保木被告が容疑者として浮上したためです。
裁判と判決
2018年7月、久保木愛弓は逮捕されました。取り調べの際、彼女は「自分の勤務中に患者が亡くなると、家族への説明が面倒だった」と供述。2021年、横浜地方裁判所で開かれた裁判では、3件の殺人罪で有罪とされ、無期懲役が言い渡されました。
彼女は取り調べで「20人前後に消毒液を注入し、そのうち約10人を殺害した」と自供しましたが、物的証拠が不足していたため、立件されたのは3件にとどまりました。
主な証拠
裁判において、いくつかの重要な証拠が提示されました。
- 点滴袋の異常
ナースステーションに残されていた未使用の点滴袋の一部に、ゴム栓に針で刺された穴が見つかりました。
- 消毒液の成分検出
久保木の看護服のポケット付近から、消毒液「ヂアミトール」の成分が検出されました。
- 防犯カメラ映像
事件が発覚した直後、投与予定のない製剤を手に病院内を歩く久保木の姿が防犯カメラに記録されていました。
- 同僚の目撃証
被害者の病室に久保木被告が一人で入る姿が目撃され、彼女が退出後に患者の容体が急変したと証言されました。
久保木愛弓被告の生い立ちと看護師を目指した経緯
裁判で「死んで償う。死刑にしてほしい」と述べた久保木愛弓被告(出典:yomidr)
幼少期と家庭環境
久保木愛弓被告は、1987年1月7日に生まれ、両親と弟との4人家族で育ちました。幼少期は水戸市で過ごし、父親の転勤に伴い中学校時代に神奈川県伊勢原市に引っ越します。
母親によると、久保木被告は「おとなしく目立たない子」であり、学力は「中の中」とだったようです。
父親の単身赴任と母親の過干渉
久保木愛弓被告が小学校時代に父親が単身赴任をすることとなり、その後、父親は思春期に入ると育児から距離を置くようになりました。そのため、母親が子育ての中心的役割を担っていました。父親は後に、母親が過干渉であり、持ち物検査やお小遣いの管理も厳しかったと振り返っています。
事件後、久保木被告は臨床心理士に「小学校の授業参観が嫌だった」と語っています。理由は、母親が「もっと積極的になりなさい」と叱ることや、休み時間に一人でいるところを見られると後で怒られることが苦痛だったからでした。
また、母親は「目つきが悪い」「愛想良くしなさい」と細かい点にも厳しく指導しており、久保木被告は「ありのままの自分を母に受け入れてもらえなかった」と感じるようになります。
後に、こうした家庭環境が彼女の自己肯定感の低さにつながった可能性があると指摘されています。
看護師を目指した理由
高校に進学した久保木愛弓被告は、母親の勧めで看護師を目指すことになりました。当時、就職難の時代であったため、母親は「手に職を持つことが大事」と考え、看護師という職業は安定した収入が得られ、他人の役に立つことができると信じていたためです。
また、保木愛弓被告の母親は娘の「おだやかでコツコツと努力するタイプ」という性格が看護師に向いていると感じていたようです。
専門学校時代の苦悩
看護師になるために専門学校に進学した久保木愛弓被告ですが、すぐに自分には看護師の職が合わないと感じるようになります。彼女自身も「実習が苦手だった」と語っており、学科の成績は悪くなかったものの、実習での評価は低迷していました。
それでも、彼女が学校を辞めずに卒業を目指したのは、学費を両親が支払っていたことや奨学金の返済義務があったからです。学校が実家から遠かったため、2年目からは寮生活を送り、2008年には横浜市内の病院に就職しました。
出会い系サイトで満たした自己肯定感
初めての勤務先ではリハビリ業務を担当しましたが、久保木愛弓被告はなかなか仕事に慣れなかったようです。
そんな中、プライベートでは出会い系サイトを通じて男性と会うことが増えていきます。「男性から褒められることが嬉しかった」と後に臨床心理士に語っています。
一方で、看護師としての仕事に対しては「大変ではあったものの、やりがいのある仕事」と感じていまたようです。特に、退院した患者が元気な姿を見せに病棟を訪れると、久保木被告は大きな喜びを感じたと語っています。
急変患者との出会いと精神的崩壊
看護師として3年が経過した頃、久保木愛弓被告は急変患者の対応を任されるようになり、ここで大きな試練を迎えます。
点滴注射に手間取った際、患者の家族から「早くしてよ。死んじゃうじゃないか」と責められ、この経験は彼女を精神的に追い詰めました。この出来事をきっかけに、久保木被告は2014年4月から精神科の治療を受け始めます。
その頃から彼女は、コンビニでお菓子を大量に買って過食し、その後下剤を使用して吐き出す行為を繰り返すようになりました。また、睡眠薬の過剰摂取「オーバードーズ」にも手を出し、精神的に限界に達していました。最終的に、2015年4月に一度休職し、そのまま勤務先を退職します。
大口病院への再就職と精神的負担
2015年5月、久保木愛弓被告は終末期患者を多く受け入れる大口病院に再就職します。大口病院が延命措置を行わない終末期患者が多いこと、療養が多い病院であることから、働きやすい環境だと考えての再就職でした。
前の勤め先で自身を失っていた彼女は、救急病院ではなく、業務の中心がバイタルチェックや点滴ルートをとることであれば、自分でも務まるだろうと考えていたからです。
しかし、実際の勤務は想像以上に過酷で、月に8〜10回の夜勤が続く中で心身ともに疲弊していきました。さらに、終末期患者が多く亡くなる現場で「割り切れない感情」が募り、精神的にも追い詰められていきます。
患者家族からの非難と恐怖の始まり
2016年4月、久保木愛弓被告が担当していた患者が急変し、その後亡くなります。遺族からは「看護師に殺された」と非難され、同僚が説明を試みましたが、久保木被告はこの言葉に大きなショックを受けました。彼女は「その言葉が私に突き刺さった」と語り、恐怖心が募ることとなります。
エプロン事件と久保木愛弓の告白
退職を母親に相談
2016年6月、大口病院連続点滴中毒死事件のわずか3ヶ月前、久保木愛弓被告は母親に「エプロンの事件があって、怖いから辞めようかな」と電話で相談していました。この頃、彼女が勤務する大口病院では、看護師のエプロンが切られる、ポーチに注射針が刺さるといった不可解なトラブルが相次いで発生していました。
母親は「大口病院は不気味で怖い場所だ」と感じており、辞職には賛成していましたが、「ボーナスをもらってから辞めたほうがいい」とアドバイスしました。
結局、久保木被告は辞職せず、勤務を続けました。母親は後に「ボーナスをもらってすぐ辞めるのは気まずいと思ったのかもしれない」と振り返り、あの時に辞職させていればよかったと後悔しています。
真実の告白
しかし、裁判で久保木愛弓被告は驚くべき事実を告白します。弁護人から「誰がエプロンや注射針事件を起こしたのか」と尋ねられた際、彼女はすべて自分が行ったと告白しました。
さらに、患者のカルテを破った事件についても自身の犯行であることを認めました。彼女が母親に「エプロンの事件があって怖い」と語ったのは、自身が引き起こした出来事だったのです。
急変患者への恐怖と動機
久保木被告は、急変した患者の家族から責められた経験が深く心に刻まれ、「遺族から強い言葉を浴びせられたくない」という恐怖心を抱くようになりました。この恐怖心が事件を引き起こす動機となり、「責められることを避けるために、あのような行為をしてしまった」と証言しています。
このように、久保木被告の心理状態と彼女を取り巻く状況が、事件へと繋がっていったことが明らかとなりました。
一審判決:無期懲役(2021年11月9日)
2021年11月9日、横浜地裁は久保木愛弓被告が自閉スペクトラム症(ASD)と診断され、事件当時はうつ状態にあったと認定しました。しかし、裁判所は「看護師の立場を利用した計画的かつ悪質な犯行」とし、完全責任能力を認めて無期懲役を言い渡しました。
刑事責任能力の争点
この裁判での最大の争点は、久保木被告の刑事責任能力の有無でした。検察側はASDの特性が犯行に影響を与えたとは言えず、完全責任能力があったと主張しました。
一方、弁護側は統合失調症の影響により善悪の判断が著しく阻害されていたと反論しましたが、裁判所は完全責任能力を認めました。
判決の背景と理由
検察側は被害者が社会的弱者であることや犯行の冷酷さを理由に死刑を求めましたが、弁護側は久保木被告が過度な夜勤やストレスにより抑うつ状態にあったことが事件に影響を与えたと主張しました。
最終的に裁判所は、犯行の重大さや動機の身勝手さを認めつつも、精神状態を考慮し、無期懲役が相当であると判断しました。
「永山基準」に基づく判決
判決が死刑ではなく無期懲役となった背景には、最高裁の「永山基準」もありました。この基準では、動機や殺害方法の残虐性が考慮されますが、今回の判決では「被告の努力では解決できない精神的負担」が強調されました。
裁判所は被告の精神状態を重視し、その点を無期懲役の決定に反映させました。
二審判決:無期懲役(2024年6月19日)
一審判決後、検察側と弁護側はともに控訴しました。
2024年6月19日に二審の東京高裁でも無期懲役が維持され、裁判所は「死刑を科すには慎重な判断が必要」とし、久保木愛弓被告の精神的な負担を再度考慮した結果、無期懲役が相当であると再び結論づけました。
まとめ
今回は、9月24日(火)21:00放送の「ザ!世界仰天ニュース」で取り上げられる、2016年に起きた大口病院連続点滴中毒死事件についてお伝えしました。
3人以上の殺害事件では、特殊事情がない限り死刑が原則とされていますが、なぜ久保木愛弓被告は死刑を免れたのでしょうか。その理由は、彼女に更生の可能性があると認められたこと、そして精神的な負担が考慮されたためです。その結果、一審・二審ともに無期懲役の判決が下されました。
とはいえ、どんな理由があったとしても、人を殺めることは決して許されない行為です。久保木被告が「死んで償う。死刑にしてほしい」と述べた言葉が本心であるならば、その言葉通り、生涯をかけて罪を償うことを願います。
「ザ!世界仰天ニュース」当日の放送と併せてお楽しみいただければ幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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