太田哲雄(アマゾン料理人)wiki経歴プロフィール!アマゾンカカオも【クレイジージャーニー】

テレビ

7月8日(月)夜10時「クレイジージャーニー」に、太田哲雄さんが出演します。

太田哲雄さんはアマゾンのジャングルで出会ったカカオを直輸入し、アマゾンカカオ(Amazon Cacao)を使ったさまざまな料理を提供するアマゾンの料理人として知られています。

また、軽井沢で「LA CASA DI Tetsuo Ota(ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ)」という一軒家レストランを経営。年間営業日数はたった50日にもかかわらず予約は3年先まで埋まっているというから驚きです。

本当の「美味しさ」を探求し続ける料理人・太田哲雄さん。

そんな異色のシェフ太田哲雄さんとはどんな人なのでしょう?
今日は、太田哲雄さんの変わった経歴や、手がけるアマゾンカカオなどアマゾンで修行する料理人としてのこれまでの軌跡を徹底解説していきます!

太田哲雄 プロフィール

太田 哲雄(おおた てつお)

  • 1980年、長野県白馬生まれ(2024年 44歳に)。
  • 19歳で伝手もなくイタリアに渡り、料理人としてイタリア、スペイン、ペルーの3ヵ国で通算10年以上の経験を積む。
  • イタリアでは星付きレストランからミラノマダムのプライベートシェフ、最先端のピッツァレストランで働き、スペインでは「エル・ブジ」、ペルーでは「アストリッド・イ・ガストン」に勤務。
  • 2015年に日本に帰国し、軽井沢で「LA CASA DI Tetsuo Ota(ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ)」という一軒家レストランを開業。
  • 現在は、レストラン経営の傍らアマゾンカカオの普及にも力を入れて幅広く活動中。

太田哲雄 料理との出会い

太田哲雄さんが「美味しい料理」に興味を持ったのは、中学生の時に書店で料理本を手に取ったことがきっかけでした。

太田さんが育った長野県白馬にはオーベルジュという宿泊施設を備えたレストランがあり、観光シーズンにはフランス帰りのシェフたちが働きに来ていました。
太田さんは、そうしたシェフたちが見るような専門書を扱うコーナーで料理本を購入し、料理の世界に足を踏み入れました。

その後、テレビ番組「料理の鉄人」を見てさらに興味を深め、高校生になると都内のレストランまで電車で通い、実際に料理を味わうようになりました。
この頃は、料理人を目指すというよりは、「食の世界」に魅了されていたようです。

料理人としてのキャリアの始まり

太田さんは、19歳でイタリアに渡り、語学留学をしながら食べ歩きを続けました。
イタリア語学校の先生から「料理人になったほうがいい」と勧められたことがきっかけで、料理人としてのキャリアをスタートさせました。

そして、イタリア、スペイン、ペルーの名だたるレストランで経験を積み、料理の腕を磨いていきました。

イタリアでの経験

太田哲雄さんは19歳でイタリアに語学留学をしました。語学を学ぶ傍ら、イタリア各地のレストランを食べ歩くという情熱的な日々を送りました。この食べ歩きの経験が、後に料理人を目指すきっかけとなります。

イタリア語学校の先生から「料理がそんなに好きなら、君はもう料理の世界に入ればいい」と勧められたことが転機でした。きっと先生は、毎日スーツ片手にイタリア中を旅行し、名だたるレストランで食事をする太田さんの熱意に驚かされたのでしょう。

しかし当時の太田さんは、具体的に料理人を目指していたわけではありませんでした。「食の世界に入りたい」という漠然とした思いがありましたが、ブログやSNSが一般的ではなかった当時、料理に関する仕事として思いつくのはパティシエや料理のサービスぐらいでした。

選択肢が限られている中で、「サービス」と「作り手」のどちらが自分に合っているか考えた結果、やはり「作り手」の方が楽しいだろうと思い、料理人の道を選びました。

スペインでの経験

イタリアでさまざまな経験を積んだ太田さんは、次にスペインに向かいました。スペインでの最大の挑戦は、世界的に有名なレストラン「エル・ブジ」での修業でした。「エル・ブジ」は、分子ガストロノミーという科学的な知識や技術を駆使した料理法を編み出し、「世界一予約がとれない」と称されたレストランです。この伝説的なレストランで、太田さんは半年間の契約で働くことになりました。

エル・ブジ時代の太田哲雄さん(右から2番目)

「エル・ブジ」での経験は、太田さんにとって非常に楽しく、充実したものでした。契約期間が終了する際には、レストラン側から残ってほしいというオファーもありましたが、太田さんはこのオファーを断る決断をしました。この決断に至るまでには、かなりの思考と時間を要しました。

「エル・ブジ」での経験を経て、太田さんは自分の今後の方向性について真剣に考えるようになりました。「エル・ブジ」は料理界の山頂のような存在であり、そこに到達したという自負はありましたが、今後自分がどういう料理を作っていきたいのか、日本に帰ったら何を紹介できるのかを考えた時に、「エル・ブジ」と同じような技術先行型の料理を続けても、自分の強みにはならないと感じました。

また、日本に帰りたいという気持ちもありました。「技術先行型」の料理ではなく、自分自身のオリジナリティを追求することで、日本の人々に新しい価値を提供したいと考えたのです。こうした思いから、太田さんは「エル・ブジ」を去り、新たな道を模索する決断をしました。

ペルーでの経験 2014年

南米にはトマトやとうもろこしなどの食材の原産地が多く、ペルーはその宝庫です。日本では「じゃがいも」といえば数種類ですが、ペルーには4000種類もの原種があります。この食材の豊富さが、太田さんをペルーに引き寄せました。

「エル・ブジ」での経験を経て、技術一辺倒の料理ではなく、料理人の思想や社会的な活動に興味を持つようになった太田さん。その先駆けが、ペルーの国民的シェフ、ガストン・アクリオです。彼は食を通じて社会に訴え、ペルーの変革を目指す人物で、国民支持率50%を誇る「大統領に一番近い料理人」として知られています。

「ガストン・アクリオは食を通じて社会を変える運動をしている偉大な人。彼の近くで学びたい」と太田さんは目標を掲げます。そしてついに念願が叶い、ガストンの店「アストリッド・イ・ガストン」で働くことになりました。

アストリッド・イ・ガストン時代の太田さんとガストン・アクリオ氏(左)

ガストン・アクリオ氏は「国を変えた」とまで言われているペルー料理界の重鎮で、世界的シェフとして知られています。

ペルーからアマゾンへ

ガストン氏のレストランでの経験は素晴らしかったものの、太田さんは正社員雇用のオファーを断りました。
ガストンのレストランの料理はクリエイティブで写真映えするけれど、それ以外の部分は食べられるにもかかわらず、捨てられることに虚しさを感じ、それは自分の求める料理とは異なっていたからでした。

また、ペルーのレストランでは、多くのアマゾンの食材が使われていましたが、彼らはその食材がどのように食べられているかを知らなかった、ということも太田さんの心を動かしました。

アマゾンはペルーの国土の60%を占めており、多くの貴重な食材が存在します。しかし、現地の人々はその価値を知らず、危険や距離を理由にアマゾンに行くことを避けていました。そこで太田さんは「自分で行って教えてやる」と決意し、アマゾンへと向かったのでした。

アマゾンカカオとの出会い

太田さんは2度目のアマゾン訪問でアマゾンカカオに出会います。ペルー北部のタラポト近くにある小さな村で、村人全員がクリオロ種と言われる最高品種のカカオ栽培に従事している。彼らはていねいに無農薬で育て、世界でも高く評価されるカカオを生産している。

しかし、この村は豊かではなく、道路は舗装されておらず、家も手入れが行き届いていない。娯楽施設もなく、パソコンは2台だけでした。

アマゾンカカオ
カカオはそもそもフルーツ。

チョコレートは世界的に人気があり、有名ブランドの製品は高値で取引されています。しかし、ペルー北部のある小さな村では、カカオの栽培者たちは貧困と闘いながら生活しています。この現実に太田さんは疑問を感じ、「この状況はおかしい。自分にできることはないだろうか」と考えました。

そこで太田さんは日本でカカオのビジネスに取り組む決意をしました。最初のステップとして、200キロのカカオペーストを購入し、信頼できる料理人たちに販売するなどの活動を通じて、ペルーのカカオを不当に安く買い叩かれることなく、公正な価格で輸入しました。

これにより、村人たちに利益を還元し、彼らの生活を支援するためのアマゾンカカオの普及活動を始めたのです。

料理人仲間とのコラボ(アマゾンカカオを取り入れた料理)

料理仲間たちとのコラボ:アマゾンカカオを取り入れた料理

レストラン「チェンチ」
アマゾンカカオのシフォンケーキ

「チェンチ」のオーナーシェフ、坂本健さんは、アマゾンカカオの現地視察もしたことがあるそうです。

無碍山房(むげさんぼう)サロン・ド・ムゲのいちごパフェ

サロン・ド・ムゲは料亭「菊乃井」を母体とするカフェです。

太田さんはこれまで、イタリアやスペイン、そしてペルーで一流のレストランで料理を作ってきました。料理には人を幸せにする力がありますが、それだけでなく、今後は社会を幸せにする力にも挑戦したいと考えています。

アマゾンカカオのスイーツ

7月8日(月)夜10時「クレイジージャーニー」の放送では、太田さんが「絶品スイーツ」を持参するようですが、どんなスイーツなのでしょうね。

アマゾンカカオ キャラメルポップコーン

どれもすごくおいしそうです!

太田哲雄の挑戦

太田哲雄さんは2019年6月に軽井沢の別荘地にレストラン「LA CASA DI Tetsuo Ota」を開店しました。

このレストランは、故郷・長野県白馬村で育ち、世界各地の名店で経験を積んだ彼の新たな一歩となりました。太田さんは、「長野県人として、軽井沢だけにフォーカスしたくない」と述べ、長野県全域からの食材探しと国際的な食材の活用に積極的です。特にアマゾンカカオは、その重要な一部として位置づけられています。

太田さんが目指すのは、食材の消費だけでなく、地域全体の食の質を高める「地産地消の一歩先」です。彼のレストランには、食の持つ力を通じて地域社会に貢献する意思と新たなる挑戦が込められています。

本の執筆

太田哲雄さんは本も執筆されています。

アマゾンの料理人 世界一の“美味しいを” 探して僕が行き着いた場所

結婚、妻とのエピソードも

この本の中で、太田さんは、自身の結婚のエピソードについて語っています。

それは、奥様との出会いから結婚までが非常にスピーディであったということです。彼は奥さんと出会ってわずか2週間で結婚を決意し、実際に結婚した後も妻と一緒に過ごした時間が非常に短かったという特異な経験をしています。

まとめ

太田哲雄 アマゾン料理人

  • 1980年、長野県に生まれる。
  • 高校卒業後は日本のイタリア料理店で勤務。
  • 19歳てイタリアに渡り、料理修行を開始。
  • スペイン「エル・ブリ」やペルー「アストリッド・イ・ガストン」で研鑽を積む。
  • ペルーのアマゾンでカカオと出会う。
  • 現在は日本の飲食店にアマゾン産のカカオ加工品を卸す事業を展開。
  • 長野県・軽井沢町に「LA CASA DI Tetsuo Ota」をオープン。予約は3年先まで満席。

7月8日夜10時放送の「クレイジージャーニー」では、太田哲雄さんは、ペルーでの奇跡の肉を探す旅について語る予定です。
太田さんの情熱がどのように番組を通じて表現されるのか、とっても楽しみですね!

今回も最後までご覧くださり、ありがとうございました。

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